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穏やかな春の日に、ご来賓の方々、保護者の皆様をお迎えし、平成28年度の卒業式を執り行うことができますこと、大変光栄に、うれしく思います。

卒業生の皆さん、ご卒業おめでとう。

卒業される皆さんを今日まで、物心両面で支えてこられた、ご家族や関係者の皆様のお喜びに思いを馳せながら、ご列席に感謝いたしますとともに、心からお祝いを申し上げます。

卒業生の皆さん、学位記を手にされたお気持ちはいかがでしょうか。名前を呼ばれ、壇上に立って学位記を受け取りながら、大学での日々について、学んだこと、ゼミのこと、部活のこと、友達のこと、お世話になった先生や職員の皆さんのことなど、在学中のたくさんの出会いや出来事を懐かしむ一方、「卒業したんだ」と心に溢れるものを感じられたことでしょう。いよいよ社会人としてのスタートですね。おめでとうございます。

お一人お一人に学位記を渡しながら、頼もしく立派に成長されたお姿を、私は大変誇らしくうれしく思うとともに、いつもにこやかに挨拶を交わしていた皆さんが、巣立っていかれることに一抹の淋しさも感じております。

皆さんは、専門分野の修得とともに、多様な分野の授業科目を学ぶことにより、自由な心と幅広い視野を育むことを目的としているリベラルアーツ学部の第5期生として、本学に入学されました。この4年間に、どれほど多くの「目に見えない大切なもの」を身に付けられたでしょうか。自分の成長は自分では分かりにくいもので、他人から言われてそうかなぁ…と感じるものですね。実感として 掴みにくいかもしれません。この4年間で、皆さんが大きく成長されたことを、私は心からそう思っております。先生方や職員の方も同じように感じていらっしゃることでしょう。

皆さんが入学されてからの4年間に、日本の社会はさまざまな変化を遂げてきました。アベノミクスの経済効果によるデフレからの脱却が進み、円安効果も後押しし輸出関連企業に景気回復の波が押し寄せています。また、2020年の東京オリンピックに向けて、着々と準備が進められています。世界の中の日本を意識する、明るく楽しみな出来事ですね。

しかし、一方では、目を覆うばかりの暴挙や殺戮が繰り広げられ、日々報道されるニュースから目を離せない不安定な世界情勢の中で、日本も大国として責任を持った発言が求められ、日米関係はもちろん隣国の中国や韓国との関係においても、日本の立ち位置を明確にした発言が求められています。国内においても、基地の問題、今後原子力発電をどうするのか、減少する人口問題、少子高齢化社会の到来、地方創成戦略によるローカル社会の活性化、グローバル化の更なる進展による日本企業に課せられた競争の激化など、日本を取り巻く政治的・経済的、社会的、国際的な課題は、かつて経験したことがないほど大きく膨らんでいます。

とくにグローバル化のうねりはますます大きくなり、私たち日本人は、とりわけ若い人たちは、人生に夢を描きにくい、厳しい状況に置かれています。 

グローバル化の進展について、日産自動車のCEOであるカルロス・ゴーン氏は、次のように述べています: 皆さんも地球が小さくなったことを実感しておられるだろう。インターネットの普及もあり、仕事も生活も自国だけではもう完結しない。では、グローバル時代に大切なこととは何か。私は迷わず「アイデンティティーを失わずに多様性を受け容れることだ」と答えるだろう。それは私の人生を的確に言い表した言葉でもある。祖父はレバノンからブラジルに渡った移民だ。私はブラジルで生まれたが、幼少期から高校まではレバノンで過ごし、大学はフランスだ。米国でも長く生活した。私はブラジル人であることを忘れたことはない。昨年8月、五輪のあったリオデジャネイロに帰った。「リオではゴーンさん、別人ですね」という人もいる。もしかしたら本来の自分に戻れる場所がリオなのかもしれない。…

世界のビジネスパーソンは既に国際化社会に生きる生活術を身につけています。

今から35年あまり前の1980年代はじめに、私は家族と一緒に、2年間、インドネシアに住んでいたことがあります。最近は急速に経済発展を遂げつつあり、首都ジャカルタはまるで東京のように高層ビルが立ち並び、街並みも整備され、新しくきれいな車が行き交い、高級ホテルには家族連れのインドネシア人が日常的に出入りしているのを見かけます。しかし、35年前は、裸足の子どもたちが薄汚れた破けたシャツを身にまとい、「ミンタ・ウアン」(お金を恵んでください)と言いながら、私たち外国人に手を差し出す姿をいたるところで見かけました。その情景を見る度に心が痛む思いを経験しました。当時はとても貧しい国でした。

世界中で最もイスラム教徒が多いインドネシアでは、そこここにあるすべてのモスクから最大にボリュームを上げた大きなスピーカーから、一斉にお祈りの歌が流れます。物憂いリズムのコーランの響きは、朝5時に始まって、毎日5回、1日も欠かすことなく続きます。インドネシアで暮らし始めた頃は、朝のコーランで目を覚ましていましたが、不思議なことに、次第に慣れてくるものです。

こんなカルチャーショックを体験する一方で、1年中、ブーゲンビリアやハイビスカスが咲き乱れ、お庭で蘭の花を育てることができるのです。「花が大好き」な私にとって、正に憧れの夢の国に来ているかのようでした。しばらくは、常夏の国に住む喜びと開放感に浸っていました。しかし、来る日も来る日も、同じ景色です。次第に感動が薄らいでいきました。

「今日は暑いですね、今日は雨が降って冷えますね」と、日本では、時候の挨拶から会話が始まりますが、常夏の国インドネシアは、1年中暑く、乾季の半年間は雨が降らず、日本流の時候の挨拶は使えません。これらは異文化体験のほんの一例にすぎず、数え上げれば、話題は尽きません。2年間も生活していると、歩き方までインドネシア流にゆったりし、気持ちも大雑把になり緊張感も薄れていくのが自分でもわかるのです。「ティダ・アパ・アパ」(気にしない、気にしない)精神が身についていきます。

しかし、この国でも中国系の人、欧米やアラブ系の人達との共存共栄は進みグローバル化は着実に進展しています。

3年ぶりに帰国した時の、逆カルチャーショック、それはとても大きなものでした。常夏の国から美しい四季がある日本に戻って来たことを心から喜びました。先ほどもお話したように、私は花が大好きなのですが、一年中、原色に近い華やかな色の花に囲まれたインドネシアから戻ってくると、日本の穏やかな「花や樹」に目を奪われることが増えました。四季それぞれの風情が心に沁みるのです。冬のある日、目を空に移すと、葉をすっかりそぎ落とした裸の樹木の細い枝が、青い空を背景にくっきり浮かび上がります。その折れそうな細い枝の先から「私はここでこの樹を支えていますよ」という声が聞こえてくるような風景。葉をしっかり身にまとっていた夏には気づかなかった自然の姿に、私は大きな感動を覚えました。もちろん、今でもそうです。秋の彼岸花も、そうです。大学のキャンパスを出たところの運動場の一隅に、毎年必ず彼岸花が群がって咲くところがあります。気づかれた方もいらっしゃるでしょう。「あぁ、お彼岸だな…」。忙しさにかまけて季節を忘れている私に、「お彼岸ですよ、秋ですよ」と教えてくれる感動のひとときです。思わず心の中で「今年もありがとう」とつぶやいてしまいます。


今から40年ほど前に亡くなられた、文化勲章や勲一等瑞宝章を受章された世界的な天才数学者である岡潔先生は、「人と人との間にはよく情が通じ、人と自然の間にもよく情が通じます。これが日本人です」とおっしゃいます。自然とともに生きてきた日本人の心の核となる「情緒」の大切さを述べ伝え、「人として一番大切なことは、他人の情、とりわけ、その悲しみがわかることです」「心の眼が開いていないと、もののあるなしはわかるが、もののよさはわからない」などの名言を残されています。

日本とは違った気候風土のインドネシアの生活を体験した私は、岡先生の「日本人の心にある情緒の大切さ」という考えに深く頷いてしまいます。グローバル、ICTの時代に「情」は通じない、「情」は時代遅れだ、客観性に欠ける、との言い分もあるかもしれませんが、私は日本人が「情緒」を失ったら、根無し草になってしまう気がしてなりません。

「グローバル時代に大切なことは?」と訊かれたら「アイデンティティーを失わず、多様性をもった人間と答える」というカルロス・ゴーン氏。「人に感謝、ものに感謝、自然に感謝の精神を大切にする日本人の生活文化に誇りをもち、利他の精神を育み実践する」を一つの柱に、「異文化を理解し受容して、多様性を受け容れる幅の広い人格の持ち主になる」を二つ目の柱に据えることが、日本人にとってグローバル時代を生きるためのキーになるのではないでしょうか。これこそ、皆さんが4年をかけて学ばれたリベラルアーツ教育の証です。私はそのように思います。

その一方でこの国では鎖国時代の遺産ともいうべきモノカルチャー文化やガラパゴス的な規制をはじめビジネス慣習や環境が根強くグローバル化を妨げています。世界の常識からかけ離れたこの国だけでしか通じない島国発想からの脱却も大切です。

カルロス・ゴーン氏は続けます: 「アイデンティティーを失わず、多様性をもった人間」がこれからは間違いなく増える。20年前なら人間は生まれた場所で働くのが普通だった。だが、これからは世界を舞台に働き、生活するようになる。グローバル化は犠牲も伴う。私も様々な犠牲を払ってきた。それでもグローバル化はひとの限界を取り除き、新たな可能性に気づかせてくれる。日本人の多くもそんな時代を生きることになる。…と。

皆さんは、今までは学生として、守られた世界で自由に生きてこられました。これからは社会人として一歩を踏み出されます。自分の思い通りにはならない状況に置かれることもあるでしょう。仕事をするということは、組織人としての自覚のもとに、責任をもった行動を約束することです。組織のために社会のために貢献することです。理不尽と思われることを要求されることもあるでしょう。自分の主義主張と異なる行動を求められることもあるでしょう。能力以上のものを求められ、成果を出さなければならない焦りの中で、自信を失っていくこともあるかもしれません。社会人としてやりがいを感じ、自分の力に自信を持ち、さらに高いところを目指そうと挑戦意欲に燃えることもあれば、誠意を尽くして一生懸命仕事をしていても周りの人たちにそれが理解されず、周囲との摩擦の中で自分を見失ってしまうことも出てくるかもしれません。

そんな時こそ、他人(ひと)の話に耳を傾けましょう。大学での学びを思い出してみましょう。きっとどこかから解答が見えるでしょう。リベラルアーツ教育をアクティブ・ラーニングで学んでこられた皆さんは、4年間の学びの中で、他人(ひと)の話を聞き自分の話を聞いてもらう「学び合う基本」を身につけてこられました。それを思い出してください。皆さんの命ある限り、皆さんの砦になる無形の財産を身に付けてこられたのです。自信をもってまず一歩を踏み出してください。

今日、卒業の日を迎えられたのは、ご両親をはじめとするご家族の皆様の物心両面での支えがあったからこそです。今日、家に帰ったら、ご家族の皆様に感謝の気持ちを伝えましょう。心で思っていても、それは通じません。「ありがとうございました」と言葉ではっきり伝えましょう。

教職員一同、いつでも、皆さんをお待ちしております。愚痴をこぼしにきてください。もちろん、褒められました、表彰されました、結婚しました、といううれしいお話も大歓迎です。大学祭にもお出かけください。開智国際大学は、皆さんの第二の故郷ですから。

本学の卒業生として誇りをもって活動してもらえるよう、私たち教職員は一丸となって、さらに良い大学を目指して努力を続けていきます。私たちも頑張ります。皆さんも体に気をつけて、それぞれの場で「目に見えない大切なもの」をご自身の中にさらに育んでください。

皆さんのご卒業と社会人としての門出を祝福し、式辞といたします。

本日は真におめでとうございます。


学長 北垣 日出子


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# by Kaichi-university | 2017-03-21 11:03 | 学長メッセージ